海の季節

(今回が初出。第四回しんきろうの創作童話コンクールに応募して落選したもの。
執筆日:1996年07月17日)

 七歳の女の子リリアには、お父さんとお母さんがいませんでした。どうしていないのかリリアにはわかりません。かわりに世話をしてくれるオジサンとオバサンがいました。
 けれど、オジサンもオバサンもリリアには少しも優しくはありませんでした。
 リリアはいつも、ひとりきりの気分でした。そんな時、リリアはひとりの男の子と出会いました。レンという少年です。
 レンはとても強くて優しい、九歳の男の子です。リリアがひとりでいる時、いつも一緒に遊んでくれました。レンと出会ってからは、リリアは毎日が楽しくて仕方がないほどでした。
 それから一年がたちました。
 リリアは本当のお父さんとお母さんがいなくても、レンさえいれば幸せでした。レンも同じようにリリアと一緒にいると幸せでした。
 けれど、別れの日は突然起こるものです。
 レンのお父さんが仕事で遠くへ行くことになりました。レンももちろん一緒です。
「おおきくなったら、ぜったいに会いにくるからね」
 小指でやくそくして、泣きながらリリアはレンとお別れをしました。レンは目のはじに涙の粒をうかべていましたが、いっしょうけんめいこらえていました。リリアはずっとずっと、このことを忘れないと誓いました。
 リリアはふたたびひとりきりになってしまいました。オジサンとオバサンは面倒がって、たまにしか世話をしにきてくれなくなりました。リリアはますます淋しくなってしまいました。レンと一緒にすごした日々のことばかりが頭のなかをかけめぐります。思い出にひたってばかりで、リリアは家から出ることもすくなくなりました。
 二年がすぎました。
 リリアは家にばかりこもっているじぶんが嫌でした。思い出にひたっていても、誰もなにもしてはくれません。オジサンもオバサンもとうとう来なくなってしまいました。じぶんの面倒はじぶんでみなくてはなりません。
 リリアは外をあるきました。どこに行こうなんてことはまったく考えませんでした。歩いているうちに海に着きました。きれいな海です。ゆらゆらと波がゆれています。地平線を見ると、なにか見えます。リリアはけんめいに目をこらしましたが、よくわかりません。だんだんとそれは近づいてきました。船の形をしています。リリアはじっと船を見ていましたが、ひとつまばたきすると船は煙のように消えていました。リリアはぱちぱちと何度もまばたきしましたが、二度と船が見えることはありませんでした。
 きれいな海だけが残りました。
 さらに一年がすぎ、リリアはやっぱりひとりきりでした。きれいな海に船がうかぶこともありません。リリアが部屋のなかでぼんやりとレンとの思い出にひたっていると、トントンと扉が叩かれました。リリアは立ち上がり、「だあれ」とききました。外からはためらうような沈黙が返ってしました。
 リリアはちょっとだけ扉を開けて、目だけのぞかせました。外に立っていたのは、ひとくみの夫婦でした。リリアの知らないひとです。「だあれ」ふたたびリリアはききました。
「どう言ってもわかってもらえないかもしれないが、わたしたちはおまえの父さんと母さんなのだよ」
 リリアにはいっしゅん理解できない言葉を、夫婦の片方が言いました。リリアはおどろいた顔で夫婦を見つめました。
「わからないわ」
 リリアはけんめいに答えました。夫婦はかなしそうに顔をみあわせ、さらに言いました。
「わたしたちが仕事で船に乗っていたら、嵐にあってしまったんだ。もう、九年も前のことになる。もっと早くかえってきたかった。流された国では戦争が起こっていて、船を出してもらえず、ずっとそこで暮らしていくしかなかった。やっと戦争が終わって、船を出してもらえた。昨日の船で着いたんだ。わたしたちの家はそのままあったので、迷わずかえってこれた。リリアだけが心配だった。心配でたまらなかった。こんなに大きくなって。元気そうでよかった」
「リリア。お母さんよ。もうさみしい思いはさせません。これからはずっとずっと一緒に暮らしましょうね」
 お母さんはリリアを強く強く抱きしめました。リリアはとつぜんの出来事に、どうしたらいいのかわかりませんでした。でも、ぬくもりが気持ちよかったので、目から涙があふれました。
 それから八年がたちました。
 リリアは幸せでした。お父さんもお母さんも優しくて強くて立派なひとでした。いままでできなかった分、いっそうリリアを愛して大事にしてくれました。
 トントン、と扉が音をたてました。
 リリアは「どなた」とききました。
「ぼくだよ。レンだ」
 リリアはおどろいて、いそいで扉を開けました。思い出のなかのレンとはまったく違う声だったので、ちょっとだけためらいました。目の前に立っていたのは、リリアよりもずっと背の高い青年でした。けれど、昔のレンの面影が全身に残っていました。
「むかえにきたよ」
 そういって、リリアを抱きしめました。
 リリアの目には、八年前よりもたくさんの涙があふれました。
 五年がすぎました。
 リリアの家にはちいさな子供たちが、はしゃぎながらかけまわっています。そこには若くてきれいなお父さんとお母さんが仲良くわらっています。家の中には、まだまだ元気なおじいちゃんとおばあちゃんがお茶を飲んでいます。窓からは子供たちのかけまわる姿がとてもよく見えます。
 リリアは何度か海に行ったことがありましたが、昔いちどだけ見たあの船は二度と見えませんでした。もともとこの海には船など通りません。船には船のための港があるのです。あのとき見た船はなんだったんだろうと、リリアは何度か考えました。けれど、答えは見つかりません。もしかしたら、みんながリリアのもとに帰ってくるという知らせだったのかもしれません。

END

スポンサーリンク

小説 TOPに戻る