(執筆日:2009年07月29日)
「覚えていないのなら仕方がない。おそらく、こちら側から向こう側へ行く際に、何か混乱か事故でも起きたのだろう。知識や記憶を植えつけたことも影響しているのかもな。思い出せないものの説明をしている時間はない。我々には一刻も早くやらなければならないことがある。まずは、この森から脱出し、目的地へと向かうこと。エディシアス帝国の者に気づかれないうちに」
オルドの言葉を聞いて、私は慌てた。
「ちょっ、ちょっと待ってよ。なんなのそれ。勝手に決めないでよ。私たちを元の世界へ帰して。早く家に帰らないと、お父さんとお母さんが心配するの。だってもうすぐ夜の八時なのよ」
私は各務くんの携帯電話に表示されている時間を確認して、余計に焦った。いつまでも帰って来なかったら、お父さんとお母さんが心配してしまう。このままじゃ、警察に捜索願いを出されてしまいかねない。各務くんの携帯電話は圏外と表示されているし、家に連絡したくてもできない状況だった。こんな森の中じゃ、公衆電話もないだろうし。そもそも公衆電話を使うための小銭すら持っていない。
「……家に?」
オルドが少しイラッとしたような顔をした。
「おまえたちのいた世界はなくなったと言ったばかりだ。家などもうない。すべて破壊された。消えてなくなった。あの光の洪水と共に」
「嘘よっ!」
反射的に私は言い返していた。そんなはずない。そんなことがあるわけない。
なんのためにこの人は、こんな嘘を言うの?
「元よりおまえたちは、あの世界の人間ではない。あの世界で生まれ育ったと思い込んでいるだけだ。でなければ、なぜ私が危険な真似をしてまで、おまえたちを連れ戻すための道を切り開かねばならないんだ」
「嘘よ、信じないっ!」
私は大声を出した。そうしないと、耐えられなかったからだった。
だってこんな話、絶対に信じたくなかったから。
つづく
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