月下の夜想曲 -11- 和端

(執筆日:1998年10月05日)

 休めないので大学に行った和端は、高嶺のことしか考えられず、気が気でなかった。
 今どこでどうしているのかが、つかめない。近所を探しても見つからない。
 アテがなくては動きたくても動きようがなかった。
 気ばかりが焦っていて、実際には探す手がかりがまったくないのだ。
 それでも人間の身体は空腹を感じてしまうので、和端は昼食を食べていた。
「どうした? 恋わずらいかぁ?」
 いきなり現れた田嶋久志が、からかうような口調で和端の前に身を屈ませた。
「なんだよ、恋わずらいって」
 和端がむくれると、田嶋が盛大に笑った。
「おまえ、恋わずらいも知らないのかよー。あのなよく聞け。恋わずらいってのはな、好きで好きでたまらない相手が出来て、なおかつその想いを伝えることが出来なくて、胸が痛くて痛くてどうしようもなくて何も手がつかない状態のことを言うんだ」
「意味を訊いてるわけじゃない」
 田嶋の存在が疎ましくなった。和端は今、そのようなくだらない話をしている場合ではない。行方の知れない、しかも殀愧に操られている高嶺が、いったいどこでどうしているのかで頭がいっぱいなのだ。
 食べ終わって席を立つと、田嶋が一緒にくっついてきた。うるさそうな顔で和端が振り返ると、田嶋はなにやらニヤニヤ笑っている。
「恋わずらいじゃない。勝手に変な勘繰りすんのはよせよな」
「そうやってムキになるとこが、アヤシイぜー?」
「うっさいなっ。違うっつってんだろ」
 苛々が頂点に達した。ちょうどその時、和端の携帯電話が鳴った。
「はい、もしもし」
 苛立ちを隠さず和端は電話に出た。空いた右手で田嶋を追い払うように「しっしっ」と動かす。
『ああ、僕だよ』
「はい?」
 誰だ、と思った直後、それが弥帋の声であることに気がついた。
「ええと、携帯の番号、教えてましたっけ?」
『忘れてしまったのかい? 僕はちゃんと聞いているよ』
「それはどうも、失礼しました。……で?」
 弥帋には騙されたような気がしていただけに、無意識のうちに心が警戒してしまう。
「俺に何の用でしょう。高嶺、見つけたんですか?」
『ああ……ちょうどいいことに、うちにいるよ。いきなり倒れてね、それからずっと眠ったままだ。厄介な人だねぇ』
「なっ……」
 和端は素頓狂な声をあげた。
「なんですかそれはっ! なんでそこに高嶺がいるんですかあっ!」
 マンションから落ちた和端と同じ状況ではないか。目が覚めて見れば、いきなり弥帋の部屋のベッド。
「すぐ行きます。高嶺が起きても、縛りつけといてくださいね。何が何でもつかまえて離さないでウチに連れて帰るんだからっ」
『わかった。待っているよ』
 電話が切れた。和端は茫然として携帯電話を握りしめていた。
「あーもうっ、わけわかんないよっ。何がどうなってんだよ。誰か説明しろよっ」
 怒鳴ってみても始まらない。
(だいたい、弥帋さんて、高嶺のこと見捨てたんじゃなかったっけ? 自力でなんとかしろとか。俺にも高嶺を取り戻すことできないとか。結局、高嶺は弥帋さんとこにいて、弥帋さんは俺に連絡してきてるし。あーわかんないっ)
 視線を感じたので振り向くと、田嶋がまだ傍に立っていた。
(げっ、今の聞かれたっ)
 和端は焦ったが、田嶋はきょとんとしている。
「高嶺ってさぁ、前に合コンしたときの奴? 店で女の子がひとり消えた時の」
「そ、そうだよ。今から迎えに行くんだっ」
「迎えにぃ~? いい年した男が彼女ならともかく、男を迎えにぃ?」
「そうだよっ、うるさいなっ。いいんだよ、ほっとけよっ」
 和端はプイと背中を向けた。田嶋に構っている暇はない。一刻も早く高嶺に会わなくてはならなかった。

 マンションに着いて、弥帋の部屋の呼び鈴を押した。ドアはすぐに開き、中から弥帋が顔を出す。
「早かったね」
「高嶺、まだ寝てます?」
「ああ……どうぞ」
 弥帋に案内されて、高嶺が寝ている部屋へ向かった。
 高嶺はベッドの中で昏睡していた。顔に疲労感が残っている。
「なんで、高嶺ここにいるんです?」
「殀愧に操られていて、僕を攻撃しようとしたんだよ。しかし途中で高嶺くんの意識が邪魔をしたのだろう。いきなり倒れてしまった」
「……まだ、中にいるんだね」
 和端が唇を噛む。
「どうすればいいんだろう」

(未完・ここまで)
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