淫らな伯爵と灼熱の蜜夜 10

(執筆日:2016年06月26日)

 ミラファ家の敷地内と言っても、いきなり庭があるわけではない。塀を越えた先にはたくさんの木々が連なっており、その中央に整備された一本道があった。まるで森の中に逆戻りしたような気分だ。
 しかも坂道で、なだらかな山を登って行くような感覚だった。この道を頑張って歩くのは馬だが、少し可哀想になってくる。
「町から遠いんですね」
「急に攻め込まれる恐れもあるからな。幸いここ数十年は戦も起こらないほど平和だが。屋敷まで行きにくいようになっている」
「食料とかどうやって運ぶんですか?」
「使用人が馬車で買い出しに行く。この道を歩いて行く物好きなどいないからな。表側はこうだが、屋敷の裏側は断崖絶壁になっている。フレングス家のような例もある。用心に越したことはない。戦はなくても、暗殺や陰謀はなくなったわけではないからな」
 デュレンは屋敷と呼んでいるが、実際に目の当たりにすると城だった。
 城に住むのは国王だけではない。伯爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵などの貴族が暮らすのも城だった。国王から与えられた領地の領主となり、統治していくのが貴族の仕事だからだ。
「お城ですよね?」
 リアナが問うと、デュレンは曖昧にうなずいた。
「形は城だが、規模が違う。国王が暮らす城はもっと立派だ」
 デュレンは城の前で馬から降りると、リアナも降ろした。
「おかえりなさいませ、デュレン様」
 十三、四歳ぐらいの少年が駆け寄ってきた。デュレンから手綱を預かると、馬を馬小屋へと連れて行く。その背中を見送ってから、デュレンは改めてリアナに向き合った。
「今日からここで暮らすといい。どうせ行き場などないのだから」
「あ、あの、フレングス家に何があったか、知ってるんですよね?」
 いったい何があったんですか?
 そう問いかけそうになって、踏みとどまった。
 そんなことを訊いたら、記憶がないこともバレてしまう。今はまだマズイ。
 デュレンは真顔でリアナを見つめたが、スッと背中を向けた。
「この国の貴族なら誰もが知っている。皆、フレングス家の二の舞いにならぬよう気を張っているからな」
「……二の舞い……」
 詳しく問いたい。だが、デュレンはリアナも知っているはずだという前提で話しているのだろう。正直に記憶をなくしたと話すべきだろうか。そこまでデュレンを信用してしまって大丈夫なのだろうか。激しい葛藤がリアナの中で繰り広げられる。
 リアナは唇を噛み締めた。今はまだ黙っておこう。
「まずはその汚れて破れたボロボロのドレスと、肌や髪の汚れをなんとかしろ。使用人に案内させる」
 デュレンはそう告げると、城の扉を開けた。

つづく