淫らな伯爵と灼熱の蜜夜 3

(執筆日:2016年06月15日)

 居酒屋のカウンター席で完全に泥酔していた。組んだ腕を枕にして突っ伏して、まどろみの底に沈んでいた。ハッと気づいて腕時計を見ると、あれからまだ十分ぐらいしか経っていなかった。安堵の息を吐きつつも、目の前のグラスを握る。再びアルコールを喉の奥へと流し込み、大きな溜息をついた。
 帰らなきゃ。
 頭ではわかっているのに、動きたくなかった。
 このまま永遠に眠ってしまいたい。
 かろうじて残っている理性を総動員して、なんとか立ち上がる。悠司が帰ってからの追加分の会計を済ませ、よろめく足取りで店の外に出た。
 空気が少し冷たい。
 六月は真夏と違い、昼間は暑くても夜になれば涼しい。寒い日もあるぐらいだ。暗闇にネオンが光り、眩しかった。この辺りは酒の飲める店が多い。営業中の店はみんなきらびやかだ。
 酔いが覚めなくてくらくらした。自分でもまっすぐ歩けているのかわからない。会社帰りの服装のままだから、スニーカーのような安定した靴ではなかった。そんなに高いヒールではないが、バランスがうまく取れない今は歩きにくかった。
 それでも亜姫はなんとか歩き続けた。駅に着けば電車に乗ることができる。それまで頑張って歩くしかない。
 こんなになるほど飲んだだろうか。不思議な気持ちで亜姫は歩き続ける。駅はこんなにも遠かっただろうか。ふらふら、くらくらする中でそんなことを思う。
 それまで、店の多い狭い道を歩いていたが、ようやく大通りに出た。この大通りを越えれば駅だ。たくさんの車が行き交っている。横断歩道の先にある信号は赤だった。青になるのを待つために、一度立ち止まる。
 待っている間に眠ってしまいそうだった。意識を保とうと努力しながら、信号を見つめる。やっと青になった。一歩踏み出す。
 急ブレーキが聞こえた。反射的に音がする方を向いた。強い光が目に入った。バイクのライトだった。ヘルメットをかぶった何者かが、こっちに向かって突っ込んでくる。
 あっ、と思った時には、身体が空中に浮かんでいた。跳ね飛ばされたのだ。
 そのまま、亜姫の意識は急速に消えた。

つづく