(初出:不明 執筆日:2005年05月15日)
鏡の向こう側には別世界があるのだと、小さい頃から聞かされていた。
ユウキは左右が逆に映る鏡が、いつでも怖かった。
鏡に映っている自分は、実は自分ではない違う人なのではないか。
そんな風に怖れながら鏡と接していた。
いつしか成長したユウキは、幼い頃ほど鏡を怖れなくなった。
それでも時折ちらりと、不安に駆られることはある。
鏡の中で目が合う自分。
本当は違う人が自分を見ているだけではないのか。
敢えて同じ顔をし、同じ表情をし、同じ動きをし、同じ顔色をしているのではないか。
鏡の向こう側にいる人が、そうやって演じているだけではないのか。
ユウキは思わず手鏡を払い落としていた。
床に転がった手鏡を、おそるおそる拾い上げる。
覗き込んだ鏡の中。
そこには。
知らない表情で笑う自分の姿があった。
「気づいちゃったんだね。ここが別世界であることを。知らない方が幸せだったのに」
鏡の中の自分が、勝手にひとりで喋っていた。
「しょうがないね。あなたもこちらへおいで」
鏡の中の自分が知らない表情で笑い、そして手を差し延べてきた。
平らなはずの鏡の中から立体的な手が伸びてきた。
手首をつかまれ、そのままユウキは鏡の中へと引きずり込まれた。
部屋はしんと静まり返る。
まるで何事もなかったかのように、静かに空気が流れていた。
END
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