(執筆日:2016年06月25日)
茶色の毛並みの馬は、少しずつ速度を上げていき、やがて疾走しはじめた。リアナは馬に乗るのは初めてだと思っていたのだが、不思議なことにこの感覚を知っている。リアナとして生きてきた十八年の間に乗っていたのだろう。
デュレンの言葉によるとフレングス家は子爵であるらしい。ということはリアナもずっと貴族の娘として生きてきたことになる。
なぜ亜姫の記憶が蘇ってリアナの記憶を失ってしまったのかは不明だが、フレングス家が壊滅したというのが本当なら、帰る場所がないということになる。
生きるべき場所も、帰るべき場所もない。そのことに気づいてリアナは青ざめた。そうでなくてもリアナの記憶を失って右も左もわからない状態なのに、頼れる相手さえもいないのだ。
目の前にいるこの男に頼っていいのかどうかもわからない。そもそも敵なのか味方なのかもわからない。フレングス家が壊滅したことをどうして知っているのか。いったい誰が何のために壊滅させたのか。なぜリアナは生きてあの森の中をさまよっていたのか。
考えれば考えるほど疑問は増えるばかりだ。
馬を操るデュレンは始終無言で、何を考えているのかもわからない。この男について行って正しかったのか。もしかしたら何かの罠ではないのか。リアナの不安はますます色濃くなっていく。
しかし、今のリアナではどうする術もないのだ。デュレンを信じてついて行くしかない。
少なくとも命の恩人なのだ。リアナは自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせる努力をした。
どれほどの時間を走り続けたのだろう。やがて景色が変わってきた。
森から草原へ。草原から町へ。ようやく生活感のある世界が目に飛び込んできて、リアナは安堵の息をはく。
そろそろ日が傾きかけ、夜が迫ってきた。
町は外壁に囲まれており、門が開かれている。門番が退屈そうに立っていた。
「この辺りにも獣は現れるんですか?」
「いや。今のところこの町の周辺は平和だ。獣の行動範囲はまだ明らかにはなっていないが、むやみに人の暮らす界隈には近づかないらしい。だが、念の為に外壁と門は設置してある。いつ何が起こるかわからないからな、フレングス家のように」
意味深な言葉をデュレンが発し、リアナはハッとした。
彼は何かを知っている。
門をくぐり、馬はさらに疾走する。町の中は広かった。
「ここはミラファ家が統治している。平和で穏やかな町だ。この先の道を行くと、町から少し離れたところにミラファ家の屋敷がある」
リアナは馬上から周囲を眺めた。活気がありそうな町だった。デュレンの姿を見ると誰もが頭を下げるが、そこに強制は感じられない。そう言えば当主だと言っていた。普通ならデュレンの父親か祖父辺りが当主のはずだ。リアナは不思議に思い、首をかしげた。
庶民の家は小さく、近い距離で連なっているが、それなりに幸せそうに見えた。デュレンはさらに馬を走らせると、長く続く塀の前で止まった。また門がある。
「ここから先がミラファ家の敷地内だ」
また違う門番がここにもいて、デュレンの姿を見るやすぐに門を開けた。