(執筆日:2016年07月28日)
ハリスの話はさらに続く。
「デュレン様がまだ十歳の頃、ご両親が隣町まで馬車で出かけたけど、そのまま帰って来なかったんだ。後からわかったんだけど、獣に襲われて馬車は粉々、馬も死んでたって。デュレン様のご両親も無残な姿になって、調べてみるとどう考えても獣の仕業だったって」
「どうしてそんなに詳しいの? デュレンが十歳の頃はまだあなた三歳なのに」
「ロシアンナが教えてくれたんだよ。ここで働く使用人を取り仕切ってるおばちゃんが」
「なるほど」
リアナは、挨拶した程度でまだろくに会話もしたことがない中年女性を思い出した。人柄は悪くなさそうなのだが、いつも忙しそうなので声をかけそびれていたのだ。
リアナの世話は主にタニアとイーシャがしているので、この広い城ではなかなかロシアンナと出会うことがない。
「それからデュレン様は人が変わったようになって、狩り人になると告げて城を飛び出して行ってしまったんだって。でも五年後の十五歳に戻ってきて、その時にはもう立派な狩り人になっていたんだ。デュレン様が不在の五年間は、母方の叔父さんが城を守ってくれてたんだけど、デュレン様が戻ってきた時に追い出しちゃって」
「どうして?」
「あんまり仲がよくないんだ。叔父さんって言っても、血が繋がってるわけじゃないから」
「そうなんだ……」
いろいろ複雑そうだ。陰謀や策略なども当たり前のように日常にある世界なのだろう。考えるだけでリアナは疲れてしまった。亜姫の世界は平和だったなと懐かしく思う。
戻りたい。そんな思いにかられたが、もう無理なのはわかっている。亜姫はもうこの世にいない存在で、今はリアナとして生きるしかないのだ。
ふう、とため息が漏れた。
「リアナ様?」
「なんでもないわ。話を聞いてるだけで疲れちゃったの。デュレンの人生は思ってた以上に大変なんだなと思って」
「うん。だから、リアナ様がデュレン様の支えになってくれると俺もうれしいんだ。デュレン様ってなかなか人を信用したりしないっていうか、俺たちには優しいけど、ちょっとそんなところもあるから、リアナ様がお嫁さんになってくれると心強い。なにしろデュレン様が気に入って連れて来た人なんだから」
「そんなに期待されても、私にできることなんて何もないわよ。どっちかって言ったら足手まといにしかならないし、お荷物だと思うんだけど」
「そんなことないよ。リアナ様はデュレン様の癒やしなんだ。俺はそう信じてる」
きらきらした眼差しでハリスに断言されて、リアナは苦笑するしかなかった。