(執筆日:2016年07月28日)
「リアナ様、またここですか」
遠くから咎める口調でイーシャが叫んだ。反射的にリアナとハリスが振り返る。
いつも淡々とした口調なので、大声を出すのを初めて聞いた。困ったように眉根を寄せながら、イーシャが駆け寄ってくる。
「タニアに聞いたらここだと。知っているならどうして連れ戻してくれないのかしら、タニアったら」
怒っているイーシャを見るのが初めてなので新鮮だった。
「あなた、ちゃんと喜怒哀楽を表現できるんじゃない」
「はい?」
「ずっとお人形のように淡々としていたから、感情がないのかと思ってた」
「タニアと一緒に仕事をしているとそうなってしまうんです、あの子がそんなだから。リアナ様どうしてこんな馬臭い場所に毎日訪れるんですか。私がデュレン様に怒られてしまいます」
「どうしてあなたが怒られるの?」
「リアナ様が馬臭くなるからです。常にいい香りでいられるようにするのが私たちの務めなんです」
「どうしてずっといい香りでいなくてはならないの?」
「それはリアナ様がデュレン様の妻になられる方だからです」
「でも温泉があるじゃない。デュレンが帰ってくる前にお風呂に入ればいいのよ」
それにここ数日、さほど身体を求められていない。馬臭いことはデュレンにはバレていないはず。
「リアナ様が馬臭いからデュレン様がその気になられないだけですよ」
「えっ、そうなの?」
「お気づきになられていなかったんですね。今朝、お出かけになる前に不満そうにぼやいておられました。どうしてここ数日のリアナはあんなに馬臭いのだろう、と」
「お風呂に入っているのに」
リアナは腕を持ち上げ、自分の匂いを嗅いだ。馬小屋の近くにいるせいか、馬臭いのかどうかはよくわからなかった。
「それにリアナ様に乗馬の技術は不要です。お出かけの際は馬車を用意させますし、日常の買い物は使用人が行います。ドレスだってたくさん用意したのに、なぜ一番簡素で地味な服装をお召しになるのですか」
「だって、これが一番動きやすいから」
リアナが着ているのはきらびやかなドレスではなく、丈夫そうな布でできた簡素な服とズボンだった。初めのうちはドレスで馬に乗ろうとしていたのだが、さすがに動きにくくて都合のいい服を城中探してまわったのだ。
「それはデュレン様の数年前の服ですよ。運動着として使用していたものです」
「だから動きやすいんだ」
「もう少し、令嬢という自覚をお持ちになっていただかないと」
「いいじゃない、城の敷地内ぐらい。窮屈に過ごしてると疲れちゃうし」
リアナはハリスと顔を見合わせた。互いに笑顔で「ねーっ」と言い合う。
イーシャがぐぬぬと震える拳を握った。
「叱られるのは使用人なんですよ。せっかくの美しさを台無しにしないでください」
やれやれとリアナはため息をついた。美しく生まれるのも楽ではないようだ。