淫らな伯爵と灼熱の蜜夜 39

(執筆日:2016年08月04日)

 デュレンの身体からみるみる傷が消えていく。同時に血も消えていった。この世界にはこんなすごい魔法があったのか。信じられない気持ちでリアナはその光景を見つめる。
「怪我は治りました。寝室で安静に寝かせてください。しばらくすれば意識も回復するでしょう」
 司祭の男は疲れた様子でわずかによろめき、デュレンから離れた。兵士たちがデュレンを担ぎ、あっという間にどこかへ消えてしまう。医者や使用人たちもついていった。
 しんと静まり返る大広間。残されたのは司祭の男とリアナとイーシャだけだった。
「あ、あの……ありがとうございました」
 リアナがぺこりと頭を下げる。男は緩やかに左右に首を振った。
「司祭として当然のことをしたまでです。教会からこの城までは遠いので、少し集中力を使いすぎて疲れましたが」
「あの……ワープ、できるんですか?」
「ええ。使えるのは限られた一部の者だけですが、教会にある魔法陣の上で呪文を唱えると目的の場所へ行けるんです。でも、行くことはできるんですが、戻ることはできないんです。なので帰りの時間はかかります」
「それは……不便ですね」
「ですよね。私もそう思います」
 爽やかな笑顔だった。デュレンよりも少し年上そうだ。じっくり見ると、とても整った顔立ちをしている。柔らかい表情。瞳の色が碧く、不思議な色合いの銀色の長い髪が目を引いた。リアナは問いかける。
「馬には乗れますか?」
「ええ」
「では、兵士を数人つけて送らせます」
「いえ。慣れているので一人でも帰れます」
「あの、お名前は」
「エンリスです」
 優しそうで素敵な人だ。リアナは少し心が動く自分に気づいてしまった。だが、立場上はデュレンの妻になる身だ。他の男に心を動かすのはまずい。
 リアナがそんな風に思っていることなど知らないであろうエンリスが、口を開いた。
「では、急いで戻らないと怒られますので、これで失礼します」
「あ、はい。本当にありがとうございました」
 エンリスは爽やかな笑顔を残してすぐに扉から出て行ってしまった。後ろ髪引かれる思いだったが、リアナも踏みとどまる。
「リアナ様、教会の司祭様も元は狩り人なのですよ」
「え?」
 驚いてリアナが振り返る。イーシャはさらに口を開いた。
「というか、狩り人にしか司祭になる資格を与えられないのです。瞬間移動など普通は身体が耐えられなくなり、バラバラになってしまうのですが、訓練を積んだ狩り人ならその衝撃にも耐えることができるんです」
「そ、そんな命懸けのものなの……?」
 イーシャがこくりと頷いた。
「狩り人とは、もはや人を超越した人ならざる者なのです。普通の動物ではなくなった獣とそう変わらない存在なのですよ、リアナ様」
 淡々と語るイーシャを、リアナは言葉なく見つめることしかできなかった。

つづく