(執筆日:2016年06月16日)
ふわふわと漂っている。ここはどこだろう。
白い。真っ白な空間が広がっている。どこまでも白い。
――何もない。
亜姫だったものは、ただの生命体のかたまりとなり、空中を漂っていた。
日本ではない。地球ではない。――どこでもない。
異空間としか思えない場所に亜姫はいた。高坂亜姫としての記憶だけを持ち合わせた生命体のかたまり。
漂いながら、走馬灯のようにこれまでの亜姫の人生が意識の中を駆け抜けて行く。自分がいったいどうなってしまったのか、彼女にもわからなかった。
「ようこそ。時の空間へ」
誰かが声をかけてきた。肉声のようでもあり、直接意識に働きかけてくる声のようでもあった。
亜姫は声がしたほうを振り向こうとしたのだが、白い空間の中心にぼんやりとした何かがいるということしかわからなかった。人の形のようでもあり、違う何かのようでもある。輪郭ははっきりせず、明確な形を成していない。
「私は、時の番人です」
その何かが名乗った。亜姫は状況を把握できないまま、そちらに向かって漂う。
「高坂亜姫さん、だった者ですね?」
「……はい」
声が出た。正確には、肉声ではなく生命体から発せられた意識と呼ぶほうが正しそうだった。なんにしろ、会話が成立するのなら問題はない。
「ここはどこですか?」
「ですから、時の空間です。本来、人が死に至ると天国か地獄へと向かいます。ですが、あなたの場合は寿命が尽きていない。ようするに、まだ死ぬ運命ではないのに、間違って死んでしまったんです。なので、残りの寿命を消化しなければなりません」
「戻れるんですか?」
亜姫が色めき立った。時の番人は「いいえ」と答える。亜姫はたちまち意気消沈した。
「……じゃあ、どうやって……?」
「簡単です。新しい人生を寿命まで生きるのです。もうあなたの行き先は決まっています」
「……えっ……?」
「時の流れを把握していないようですが、高坂亜姫の肉体はもう完全に燃やされて骨になり、実家の仏壇に乗せられています。新しい人生を生きるしかないのです。覚悟はよろしいですね?」
話の展開が早すぎて、ついていくだけでも大変だ。もう身体がない? 葬式も済んでいる?
「では、新しい命へ」
「えっ、ちょっと待って。もう? まだ心の準備が……わあああああああっ」
魂がぐるんとひっくり返ったような感覚に襲われ、生命体の亜姫は、激しい竜巻に飲み込まれるようにどこかへ吸い込まれていった。
しんと静まる白い空間。
時の番人だけが薄ぼんやりと漂っている。