(執筆日:2016年08月11日)
「ごめんなさい、疲れているのに話しなんてさせて」
リアナが謝るとデュレンがかぶりを振った。
「いや、いい。傷も治っているし、すぐに回復する。この程度なら疲れたうちには入らない」
「さっきの司祭の人は、いつも来ているの?」
「いや、初めてだ」
「え?」
リアナが戸惑った。
「でも、兵士をつけて送りますって言ったら、慣れているからと言って一人で帰って行ったけど……?」
「それは、ここ以外の他の場所にも行っているという意味だろう。ここに来たのは初めてだ。いつもはカリウスという男が来る。教会には何人かいるし、新しく入った者もいるだろうから、気に留めるようなことでもないだろう」
「そっか」
リアナは手から伝わるデュレンのぬくもりを感じながら、さらに口を開いた。
「瞬間移動は訓練を積んでないとバラバラになるそうね」
「そうだな。あれは司祭にしか許されていない行為だからな。普通の者が教会に行って魔法陣に乗って呪文を唱えたところで、即座に死んでしまうだろう。俺でもな」
「怖い」
「なんでおまえが怖がる? 瞬間移動する機会なんてないだろう?」
「そうだけど……」
デュレンがまぶたを開け、まっすぐリアナを見つめた。
「おまえはこの城でそっと生きていけばいい。俺の子を産み、老衰するまで平和に暮らしてろ。この城を出たところで茨の道しかない。フレングス家はもうないんだ」
言い聞かせるような声だった。
「今度は俺が質問する。なんでおまえは乗馬なんて練習しているんだ? どこに行くつもりなんだ」
「あ」
リアナは声を詰まらせた。いつまでもこの城で世話にならずに自立するためだった。仕事と住まいさえあれば、一人でも生きて行けると思っている。だからデュレンの言う茨の道がピンとこない。城下町は平和そうだったし、何がダメなのかわからない。
「……馬が好きなのよ」
リアナが誤魔化すと、デュレンがため息をついた。グッとリアナの手を強く握る。
「いいか。おまえはどこにも行くな。ずっとここにいろ。俺だけのものでいろ」
「だったら……っ」
リアナは思わず口を開いた。
「だったら、もっと自分の命も大事にして」
デュレンが目を見張った。
「それがここにいる条件よ。この先もずっとあなたが瀕死の重傷で帰ってくるのを見ることになるなんて嫌。一人で行動しないで信頼できる兵士も連れて行って。それが無理なら、狩り人ほどの能力を持った誰かを雇って」
「さっきも言っただろう。信頼できる狩り人とはそうそう出会えない。それに誰でも狩り人を目指せばなることができるわけじゃない。狩り人になろうとして途中で命を落とした者を俺はたくさん見てきた。それに狩り人ではない兵士たちは獣とは戦えない。殺されるだけだ。よく知りもしないで簡単に言わないでくれ」
心配で言ったのに逆に叱られて、リアナはシュンとした。