淫らな伯爵と灼熱の蜜夜 6

(執筆日:2016年06月19日)

 逃げるのは到底不可能だと思われた。生まれ変わったばかりでもう死んでしまうのか。リアナは絶望的な気分で狼たちを見つめる。まるで、リアルなファンタジー系RPGに出てくるモンスターのようだ。
 このまま喰われてしまうのか。牙や爪でズタズタにされ、内臓を引きずり出されてしまうのか。悪い考えばかりがリアナの脳裏を占める。
 寿命が尽きていないはずなので、また新しい命に生まれ変わるのかもしれない。いや、どうだろう。すでにリアナは十八年生きているのだ。もしかしたら寿命はここで終わりなのかもしれない。
 今できるのは、神に祈ることだけだろうか。
 リアナの両親のことも思い出せないまま、こんな場所で終わってしまうのか。どうしてこんな森の中にいるのか判明しないまま、力尽きてしまうのか。
 グルルルと唸りながら狼が近づいてくる。
 その時だった。
「おい」
 背後から声をかけられた。大人の男の声だ。ビクッと全身で跳ねたリアナだったが、狼から視線をはずすのが怖くて振り向けない。はずした途端、襲いかかってきそうな気がしたのだ。
「……はいっ」
 返事をするだけで精一杯だった。
「こんなところで何をしているんだ」
「み、見てわかりませんか。狼と向かい合ってるんです」
「どうして」
「どうしてと言われても、こっちが聞きたいぐらいです」
「そういう趣味があるのか」
 男は決してふざけているわけではなく、真面目な口調で言っている。リアナは話の進まなさをもどかしく思い始めたが、根気よく続けた。
「気づいたらこの森にいて、気づいたら狼に狙われてたんです」
「ずいぶん間抜けだな」
 なんだこの男は。口が悪いのか。性格が悪いのか。呑気に話していないで助けてくれようとは思わないのか。
 顔を見たいが、狼から視線をはずすことができない。じりじりと後ずさっていると、ドンとぶつかった。思っていた以上に男との距離は近かったらしい。
 スッと前後が入れ替わった。背後にいたはずの男がリアナの前に出てきたのだ。
 その後が早かった。
 男はふわりと跳躍すると、狼たちのほうめがけて何かを振り下ろした。よく見ると剣だった。狼の断末魔が聞こえる。リアナは思わず手で両耳を塞いで、目を強くつむった。その場にしゃがみ込む。現実とは思えない出来事が起こっている。恐怖で身動きができない。
 肉を斬る音と狼の悲鳴がしばらく続いた。
 やがて音がやむ。ガタガタと震えているリアナの元に、男の足が近づいた。
「終わったぞ」
 その声につられるように、リアナは顔をあげた。

つづく