(執筆日:2013年7月8日)
リリア・ロンディーヌは魔王の元に嫁がされた。
リリアはフィルニシア王国の第一王女である。国の平和と引き換えに、魔王の元に嫁ぐよう父に命じられた。
厳しい父に逆らうことは許されなかった。
もとより生まれた頃から自分が政策の駒にすぎないことは薄々理解していた。いつかそんな時がくることはわかっているつもりだった。
まだ少し幼さの残る顔を曇らせながら、迎えの馬車に乗った。
茶色の馬がヒヒーンといななくと、たちまち馬車が宙に浮く。馬には翼など生えてはいないのに、またたく間に空を駆け上がり、みるみる城が遠くなった。
手綱を握る者の顔は深いフードに隠れて見えなかったが、空を飛ぶ馬を操る腕は確かだった。
リリアは空を飛ぶのは生まれて初めてだったが、好奇心も恐怖も押し殺してドレスの膝の辺りを掴んでじっとしていた。少し顔をあげれば外の景色を眺めることはできたが、そうせずに膝の上に乗る自分の手をずっと見ていた。
迎えの者はこの馬車と馬と御者のみだ。魔王もいなければ世話をする使用人もいない。
一人ぐらいは身のまわりの世話をしてくれる侍女を連れて行きたかったが、王女の身ひとつでくるよう指示されたのだ。魔王の要求を受け入れた父は、リリアを一人で旅立たせた。
寂しさと不安と恐怖で身が縮む思いだ。
他国ならまだしも、向かう先は魔王の元なのだから。
昨晩は母と強く抱き合って別れを惜しんだ。王女という立場でありながら、許されたのはそれだけだった。まだ六歳の弟とは別れの言葉すら交わしていない。
リリアは自分が生け贄なのだと悟っていた。王国を、王宮を、全国民を守るための生け贄となったのだ。
腰まで届く銀色の髪はつややかに輝き、陶器よりも白い肌はみずみずしく、湖よりも澄んだ碧い瞳は小動物のように潤みを帯びており、睫毛は長く緩やかに上向き、腰は折れそうなほど細く、しかし胸は豊かに育ち、この容姿を一目で魔王に気に入られてしまったがために、生け贄となる運命を背負うことになったのだ。
そして父がリリアに冷たい理由。両親共にブロンドに輝く髪を持っているのに、娘であるはずのリリアが銀色の髪に生まれてしまったこと。弟のアデルもブロンドの髪を持って生まれたというのに。
リリアだけが異端であることを、おそらく父は疎んでいたのだ。そうでなければ、いくら厳しい父とはいえ、大事な娘をあっさりと魔王の元に差し出すだろうか。
考える時間がたくさんあるせいか、余計なことをいっぱい考えてしまう。考えれば考えるほど気持ちは打ちのめされ、わずかに涙ぐみながら堪えるように唇を噛んだ。
「リリア様、もうすぐ到着いたしますよ」
御者が初めて口を開いた。その低い声から男性であることが知れた。ハッとしたリリアは慌てたように手の甲で目元を拭い、声を出すことなく小さく頷いた。