花嫁は魔王の甘い蜜に酔わされる 4

(執筆日:2013年7月14日)

 誰も手を触れていないのに、城の扉が勝手に閉まった。
 驚いたリリアがビクッと跳ね、扉を凝視する。
 御者が面白がる様子でリリアに声をかけてきた。
「どうされました、リリア様?」
「ここに来てから……いえ、ここに来る前からずっと驚くことばかりです。馬車は空を飛び、城門は自動的に開き、城の扉が勝手に閉まる。あなたがた魔族には特殊な力が備わっているの?」
「その通りですリリア様。我ら魔族と人間との明確な違いは、魔力の有無なのです。外見の違いはさほどありません。我々魔族も目はふたつ、鼻はひとつ、口はひとつです。頭があり、胴体があり、手足があります。あなたがたとさほど変わりません」
 さほど、という言いまわしがリリアの脳裏で引っかかったが、問い返さなかった。
「そろそろ魔王様がおいでになるようです。では私はこれにて」
 御者はそう告げると、急に小さくなった。
 いや、小さくなったと思ったのはリリアの見間違いで、床に落ちたフードのついたマントのみを残して中身が消えていた。
 身を屈めたリリアはおそるおそるマントに触れ、拾って確かめたが、ただの布でしかなかった。
 不思議なことばかりが立て続けに起こり、少し麻痺してきたものの、それでも驚かされる。
 城内の広いホールにぽつんと一人残され、たちまち不安になった。周囲を見まわすと、広い空間の中央に大きな階段がある。静まり返ったこの城には、本当にリリア以外の誰かがいるのだろうか。そう疑いたくなるほど誰の気配もなく、心細さに思わずマントを握りしめる。
 カタンと音がして、リリアはハッとした。音のしたほうへ視線を向けると、階段の上からだった。
 いったいいつからそこに立っていたのか、黒い衣服に身を包んだ青年がまっすぐにリリアを見ていた。
 リリアは一瞬後ずさり、すぐに踏みとどまった。何か圧倒されるようなオーラを感じて、畏怖すら覚えた。全身がピリピリと引き締まるような緊張感。彼女はこれまで父を怖れて生きてきたが、それを上回る怖れを感じた。近づいてはいけない。触れてはいけない。そう思わせる何かを彼は全身から放っていた。
 黒い衣服に同調するような漆黒の髪、切れ長で黒水晶のような瞳。それに相反するような、陶器のように白くなめらかな肌。すらりと背が高く、細身だが細すぎてはいない。男性ならではのしっかりした骨格と、適度な筋肉をその衣服の下に感じ取れる。
 まるで人形のように微動だにしなかった青年が、リリアを見つめたまま形のいい薄い唇を開いた。
「リリア・ロンディーヌ」
「は、はいっ……」
 リリアは焦りながらも必死で返事をした。
 そんな彼女を眺めながら、青年がふっと笑った。
「我が城にようこそ、フィルニシア王国の第一王女。本日からそなたの城はここだ。どこにも逃げられないし、どこにも逃さない。覚悟はいいか?」
 そんな風に言われると気持ちが萎えてしまう。しかしリリアはどうにか自分を奮い立たせ、怖気づきそうな気持ちを隠しながら青年を見返した。
「あなたが魔王……ですね?」
「いかにも」
 魔王は笑みの形に唇を歪めて、威風堂々と階段を降りてきた。

つづく