淫らな伯爵と灼熱の蜜夜 5

(執筆日:2016年06月16日)

 ハッと目が覚めた。
 まず視界に飛び込んだ光景は、自然に満ち溢れた鬱蒼とした森だった。数多くの緑ばかりが目に入ってくる。
 どうして森に?
 頭上にたくさんのクエスチョンマークが浮かぶ。どうやら今、木々の密集する森の中にいるらしい。見たこともないような靴が草を踏みつけていた。革製の靴だ。
 靴より上には見覚えのないスカートの裾があった。足首まである長さだ。視線でたどると上半身まで布が続いていた。どうやらドレスを着ているらしい。しかも高級そうな質感だ。
 それなのに、ところどころ汚れていたり、破れていたりする。何があったのだろう。
 私は――。
 記憶が少し蘇った。
「私は……リアナだ。リアナ・フレングスだ」
 腕を見た。亜姫の腕ではなかった。色が白く折れそうなほど細い。手の平でドレスの上から胸に触れた。長年ずっとAカップで悩んでいたのに、驚くほど豊満になっている。ウエストに触れた。余計な贅肉があったはずなのに、どこかに消えてしまったかのように細い。
「まさに……まさに、理想の体型」
 感動している場合ではなかった。ここはどこだ。
 きょろきょろと視線をさまよわせたが、まったくわからなかった。思い出せたのは、リアナという名前と、十八歳という年齢だけだ。九歳も若返ってしまった。
 頭上を見上げると青空が広がっている。前後左右は鬱蒼とした木々しかない。途方に暮れた。
 先ほどからちらちらと視界に入ってくる髪の色は金色だった。胸の辺りまである長さで、緩やかにウェーブしている。亜姫の髪はショートヘアだったので、頭がとても重く感じた。ロングヘアに慣れていないのだ。
 金髪ということは、瞳の色は何色なのだろう。鏡がないので確かめることができなかった。リアナはドレスを身に纏っている以外は、何も持ち合わせていないらしい。
 ひとつの身体にふたつの魂が共存しているようで、変な気分だった。しかし、思い出せなくても、初めからリアナとして生まれてきた確信はあった。亜姫の記憶がないまま十八歳まで育ったのだろう。どうしてこのタイミングで、亜姫だった記憶を取り戻してしまったのか。わからないことばかりだ。
 背後でガサッと音がして反射的に振り返った。リアナの目が驚愕に見開かれる。
 そこには鋭い眼光の狼のような動物が五頭いた。リアナに向かって唸りをあげている。むき出しの牙や垂れ流しの唾液、明らかに尋常ではない様子だ。
 たちまち恐怖にかられたが、足が震えて動けなかった。逃げようとしても無駄だろう。狼のほうが確実に足は速い。五頭の狼を、息を詰めながらじっと見つめ、リアナはじりじりと後ずさった。

つづく