(執筆日:2014年10月14日)
「さて」
ファルザスが口を開いた。リリアが小さくビクッと肩を震わせる。これまでも緊張していたが、別の緊張がリリアを支配しはじめる。
改めてファルザスが、隣に座るリリアを眺めた。
「忘れてはいないと思うが、そなたは私の花嫁になるためにここに訪れた」
「は……はい。忘れてなどいません」
「……なら、説明は不要か」
「あ、いえ。説明してください」
わけがわからぬまま振り回されるのは嫌だった。必死で食い下がるリリアを、面白いものでも見るように眺め、ファルザスは薄い唇を笑みの形に歪める。
「式を挙げるのは後日になるが、そなた自身は今日から私の花嫁だ。この意味がわかるか?」
「……? わかっている……つもりですけど……」
「そうは思えぬ」
ファルザスが一蹴した。リリアは内心でムッとする。
「どういう意味でしょう」
「その柔肌に私の指が食い込み、その唇を私が奪い、その豊満な胸を私の手が覆い、そなたの女の部分を私が貫く。そういう意味だ」
はっきりと言葉にされ、リリアは反射的に戦慄した。あまりの内容に頬は赤く染まり、動揺も隠せず、この場から逃げ出したい衝動に駆られる。
「いきなり、なっ、何を、おっしゃ……って……っ」
「男とはそういうものだ。人間でも魔族でも変わらぬ。私がそのようなことを考えていないとでも思っていたか」
リリアは頬を赤らめたまま思わずうつむいた。膝の辺りのドレスの布をギュッと掴む。
「……い、いえ……いずれはそうなるだろうとは、漠然と……」
「いずれではない。今宵からだ」
「……えっ……」
リリアは驚いて顔をあげた。こちらを見ているファルザスの顔を見つめ返す。
「で、でも、心の準備が」
「そんなものはいらぬ。そなたはおとなしく身を委ねていればよい」
その言葉に、リリアは父のような横暴さを垣間見て、急に悲しくなった。
だが相手は魔王なのだ。多くの人間が恐れている魔王。リリアはそのことを改めて思い出した。
(そして私は人形……)
自分の置かれている立場を噛み締めて、リリアは内心で覚悟を決める。どちらにせよ逃れられないのなら、早いほうがいいのかもしれない。それまで赤く染まっていた顔が、スッと青ざめる。ドレスの布を強く掴んだ。
「……わかりました」
「ずいぶんと物わかりがいいな」
揶揄するように言われ、リリアは思わず反発した。
「あなたが、そうしろと……っ」
スッとファルザスの指が、リリアの銀色の髪に絡みついた。リリアはハッとして息を呑む。
不思議な緊張感が両者の間を漂った。
「安心しろ。悪いようにはしない」
切れ長の漆黒の瞳に間近から見つめられ、リリアは吸い込まれそうになった。