(執筆日:2013年7月29日)
「ではリリア様。湯の間へとまいりましょう」
「湯の間?」
「はい。お食事会の前にまず湯浴みを済ませ、旅の疲れを落としてくださいませ」
リリアは城を後にしてからここに着くまで、ずっと緊張していたことを思い出した。ゆっくりと湯浴みをすれば、気持ちはだいぶ落ち着くかもしれない。
「ミン、お食事会は普通の食事とは違うものなの?」
「お食事を兼ねた、リリア様のお披露目会でございます。このお城には、人間界と同じように大臣や貴族などさまざまな方々が出入りしておられます。皆、ファルザス様のお妃になられる方がどのような方なのか、楽しみに待っておいでなのです」
その話を聞いて、リリアはますます緊張してしまった。皆がリリアを値踏みするための食事会なのだろう。そう思うと気持ちが沈んだ。魔族の者達の目にリリアがどのように映るのか、彼女には全く想像がつかない。
廊下を進み、部屋から少し離れた場所に湯の間はあった。
脱衣場でドレスを脱ぐリリアをミンが手伝う。もともと王女は一人では湯浴みをしない。侍女たちに手伝われ、侍女たちの手で洗われるのが日常だ。リリアはお人形のようにすべてが終わるのを待つだけの身だった。
しかし、ここに来てからは侍女がミンしかいない。三人ほどの侍女に手伝われるのが普段のリリアの生活だったので、心もとなかった。
一糸まとわぬ姿になったリリアを、ミンが眩しいものでも見るような顔で見つめた。
「リリア様、お美しい」
「何を言ってるの。皆と変わらないわ。ミンだって年頃になれば、同じようなものよ」
「いいえ。リリア様はある御方に生き写しなのでございます」
「え?」
リリアが怪訝な顔をすると、ミンは急にハッとして、慌てて自分の口を両手で塞いだ。
「今の話はお忘れくださいませ。ファルザス様に叱られてしまいます」
「どういうこと?」
「お忘れになってください」
あまりにもミンが必死なので、リリアはしぶしぶ引き下がった。生き写しとはどういうことだろう。リリアと同じ姿の女性が他にもいるということなのだろうか。
ここで暮らしていれば、いずれわかることだろうか。知りたい反面で知りたくはなかった。複雑な心境だ。
侍女は裸にならず、湯浴み用の衣類を身にまとうのが通常だ。魔族でもそれは変わらないようで、ミンは簡素な衣服に手早く着替えていた。
ミンに促され、リリアは湯の間へと足を踏み入れる。中は広かった。
中央に湯気を揺らめかせた湯が張られてあり、その隅には何かの動物をかたどった彫刻が飾られ、口から湯が止まることなく溢れ続けている。浴槽は大理石のような材質で、泳げそうなほどの広さだ。
「常に新鮮なお湯が供給されておりますので、いつでもお好きな時に入れます。この湯の間をお使いになられるのは、ファルザス様とリリア様だけでございます」
「他の者はどうしているの?」
「使用人には使用人用の湯の間がございます」
リリアは促されるまま浴槽に入り、身を沈めた。故郷の城も風呂は充実していたが、ここはそれ以上だった。
湯浴み用の布と石鹸で、リリアの背中や腕をミンが丁寧に洗う。
ふと疑問が生じて、リリアはミンに問いかけた。
「ミンはファルザスにもこうしているの?」
「いえ。ファルザス様はお一人で入られます」
「そうなの?」
「はい」
それを聞いて、リリアは内心で安堵している自分に気づいた。ミンは美少女なので手をつけられていても不思議ではない。そう考えていた自分を内心で恥じた。
「ファルザス様は一途な方なのですよ。使用人には目もくれません」
まるで見透かされたようにミンに言われ、リリアはどきりとした。